ありがとう東急9000形

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(写真1)東急9000形の中でも、最後まで東横線に残った9105編成。
東急東横線 代官山にて。(ホーム外から撮影。)
撮影はすべて2005年7月撮影。

ダイヤ改正まであと2日余り。一部の鉄道会社沿線では大分騒がしくなってきているようだ。

なぜか、こういう状況になってくると、不思議と?撮影に行こうという意欲がなくなるのである。

そんな中でも、東急東横線が今月16日のダイヤ改正から東京メトロ副都心線と直結。

長年ターミナルとして君臨してきた渋谷駅は地下に移り、地上駅としての役目を終える。

それと同時に、1985年の登場以来、28年にわたって東横線の主力として活躍してきた東急9000形が東横線から姿を消す。

出てきた当時、思わず、

「東急らしい洗練されたデザイン。VVVFの(爆)音も近未来的でいい。」

このデザインが、のちに乗り入れの終わる日比谷線乗り入れ用の1000形や田園都市線用の2000形まで波及するとは思わなかった。

いまから紹介する写真は。まだ東横線の車種が豊富でにぎやかだったころに撮影した写真の中から、東急9000系に絞って紹介しよう。

写真1は、代官山駅先端付近の側道から撮影したもの。

実際のところ、代官山駅で降りた時に、ホーム端から撮影するにはやや厳しいと判断して、ホーム横の側道から撮影したもの。

この日は梅雨明けして間もなくの日で、朝から猛烈に暑かったことを思い出した。汗だくになりながら撮影していたような気がする。

この編成は、最後まで東横線に残った。

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(写真2)アウトカーブからの写真が欲しかったので、撮影した。
東急東横線 菊名-妙蓮寺にて。

写真2は、代官山での撮影を切り上げて、食事を挟んで電車で移動中に光線のよさそうな場所を見つけたもの。

妙蓮寺駅から菊名方向に歩くと、途中に踏切があったので、ファインダーを覗いてみると、なかなかいい感じ。

ここで何枚か撮影しよう。

何本か撮影すると、お目当ての?!9000形がやってきた。

このころの東急東横線は車種が豊富で飽きなかった。

東急8000・8590・9000・5050・Y500…。

何が来ても、シャッターを押していたのは言うまでもない。

もう少し撮影したかったのだが、左側から建物の影が伸びてきたので、移動することに。

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(写真3)妙蓮寺駅の先端付近から撮影した。
東急東横線 妙蓮寺にて。

最後の写真は妙蓮寺駅の先端付近から撮影したもの。

朝から暑かったせいか、この時間になると雲が広がってきた。

中々アングルが定まらず、結局望遠レンズでアップダウンを出せる絵にしてみた。

全盛期には14本が東横線を走っていたのに、既に風前の灯。

登場から28年間駆け抜けてきた東横線から間もなく姿を消す9000形にありがとうを言いたい。
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登場から25周年を迎える寝台特急「北斗星」(1) 

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(写真1)当時「北斗星1号」の写真を非電化区間で撮ろうと思ったら、3月まで待たなければならなかった。
室蘭本線 大岸-豊浦にて。1999年3月撮影。

今年も3月中旬にダイヤ改正が実施されるが、今回のダイヤ改正では寝台特急絡みの動きはなかったので、とりあえずは一安心だ。でも楽観は出来ない。

今年の改正は運用の無くなる形式が多く、列車そのものの廃止が特にないために、余り注目されてはいないのだが、今月13日で寝台特急「北斗星」が登場から25周年を迎える。

ここで、簡単に説明を・・・。

今から25年前(1988年(昭和63年))の春。「北斗星」はJR北海道持ち1往復、JR東日本持ち1往復、臨時列車1往復で運転を開始した。(後に定期列車3往復体制となり、JR北と東で1.5往復ずつ持つようになる。さらに臨時列車1往復が設定され、「エルム」を名乗る。)

開業初日の1列車は、田端運転所81のエース95号機が登板。このときから、

北斗星1号」の牽引機=EF8195

のイメージが強い。(ちなみに3号は元お召機のEF8181。)

列車は種類の多い個室に、ディナーはフランス料理のコース料理中心で予約制、のんびり出来るロビーカーやシャワールームと、数多くの話題を提供してマスコミからの注目度が高く、当時の好景気もあいまって大人気となり、当時の寝台個室では最高位にあった「ロイヤル」のチケットも含めて寝台券そのものが取得できないという状況だった。

当時高校生だった私は、上野-札幌を乗り換え無しで結ぶ寝台特急が出来るなんて夢にも思わなかった。しかも客車の内容がすごいこと!

学校の下校時間が、丁度1列車(当時)の日暮里通過時間に重なったので、度々日暮里駅のホームから颯爽と通過する1列車に目が釘付けになった。

「あの列車で北海道に行きたい!」

この列車には華やかさがあったのだ。

ローピンの81に燦然と輝く「北斗星」のHM、それに続く種類の多い個室群に紅いランプシェードの食堂車、ロビーカー・・・。今までの寝台特急のイメージとは明らかに違うものがあった。

そのうち、この列車を見るたびに、

「いつか、この列車に乗りたい!」

この夢は、2年後の春の卒業旅行の最後で叶うことになるのだが・・・。

牽引機関車にも、早々に変化が出始める。運行開始した夏には、北海道内を担当するDD51が「北斗星」をイメージした色とデザインに衣替えした。

DD51自体は、国鉄色が一番似合うのは言うまでもないが、このデザインを纏ったDD51を初めて写真で見た時に、

「似合ってる!統一感があって格好いい!」

JR北海道のこの列車に対する意気込みがものすごく感じられた。後にJR北海道持ちの編成は全車個室になり、「北斗星」を盛り上げようとする意気込みが感じられた。

秋口にはJR東日本のEF81も、赤ベースで流れ星を描いたデザインに変わるのだが、どうもこの色よりも、

DD51のデザインのほうがイイ!」

と感じてしまったのだ。

小さい頃に憧れだった寝台特急に夢中だった記憶が甦ってきた。

やがて時が流れて、自分で写真を撮るようになると、

「写真に残したい!出来る限り自分のスタイルで。」

前置きがかなり長くなってしまったが、1998年7月。最初に勤めた会社を退職した時の撮影旅行から、本格的に北海道寝台特急中心の撮影を開始した。

今回紹介するのは、室蘭線で初めて本格的に冬の写真を撮ったものから1枚紹介しよう。

写真は以前、某模型メーカーのカタログの巻頭で紹介された場所から撮影したもの。

どうしても、この場所で写真が撮りたかった。初めての撮影なのでかなり荒削りだが、のちに納得いく絵を求めて、何度も通うことになる。

ただ、この年は雪が少なく、冬の走りを伝えるのには今一つの出来になってしまったが、それでもこの写真を見るたびに、

「撮影してよかった。」

と思える写真だ。

当時、「北斗星1号」がこの場所を通過するのが6時半過ぎ。

どう頑張っても、日が長くなる3月を待たないと撮影が難しいのだ。

早起きは慣れてはいるけど、やはり春先の夜明け前後は寒さのピーク。

室蘭線の撮影ポイントは、海に近いこともあり、寒さとの戦いの中での撮影になる。

それでも、これを乗り越えて撮った一枚にはいろいろな思いが詰まっている。

室蘭本線の冬の撮影を始めてから14年。まだまだ紹介していきたい。

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tag : DD51 北斗星

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早いもので、最初に買った単焦点レンズで撮影するようになってから22年が過ぎました。

未だに単焦点レンズの描写の良さから使用し続けている状況です。カメラバックが重くても、単焦点レンズを詰めて撮影に出かけています。

過去に撮ったものから、最近撮影したものまで、撮影する際に心がけていることや気になること、こだわっていることを書いています。

ごくまれに「ひとりごと?」を書くことがあります。

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